高杉晋作没後150年記念事業〜 晋作の夢、仲間たちの夢、今を生きる私たちの夢 〜

晋作と片野十郎

晋作と片野十郎

【山陽小野田市/香川真澄】 片野十郎は仲間やグループにひとりは欲しい、卒のない、小才の利く、じつに重宝な人材でした。調べたことはありませんが、ネズミ年生まれではないでしょうか。 十郎は天保六年に生まれて明治六年に没した萩藩士で、土屋蕭海の門 …

晋作と久坂玄瑞

晋作と久坂玄瑞

【細田利正】 高杉晋作のライバルと言えば、誰しもが「久坂玄瑞」と答えるだろう。二人は松下村塾の双璧と呼ばれる存在でもある。 しかし、ライバルだ、松下村塾の双璧だと言われても、久坂の活躍というものがもう一つ伝わってこない。ただこれは自分のよう …

晋作と井上聞多

晋作と井上聞多

【山口市 /松前了嗣】 明治44年(1911)5月20日、厚狭郡吉田村(現・下関市吉田町)清水山において、高杉晋作建碑除幕式が開かれた。そこに姿を現したのが、明治の元勲・井上馨(聞多)である。当時77歳の彼は、元老として政財界に強大な影響力 …

晋作と加藤有隣

晋作と加藤有隣

  【山陽小野田市/香川真澄】 高杉晋作と加藤有隣はいわば弟子と師匠のような関係でしたが、お互いにその志を深く認め合った仲でした。 晋作が有隣と出会ったのは、万延元年、試撃行と名づけた北関東、北陸への遊歴の途次でした。晋作が笠間に …

晋作と山縣有朋

晋作と山縣有朋

【下関市/平松 資朗】 1、奇兵隊育ての親 山縣有朋は、天保9年(1838)萩藩下級武士(中間で、足軽より下)の家に生まれた。晋作より1歳年長。父有(あり)稔(とし)、母松子。小輔のち狂介と称した。号は素狂、含雪など。 松下村塾に入門し、終 …

晋作と久坂玄瑞

晋作と久坂玄瑞

【萩市/鈴川進】 晋作にとって久坂は親友以上の気持ちがあったように思われます。若いときの友情は,ときとして恋愛 感情をともなうようですが、久坂が自決したあとの晋作の手紙をみると、恋人を失うような悲痛な叫びが 感じられます。二人は、なにからな …

晋作と桂小五郎

晋作と桂小五郎

【福岡市/平野一枝】 桂小五郎。後に「維新三傑」と呼ばれた彼は厳密に言うと松下村塾の門下生ではない。松陰が「明倫館」で山鹿流兵法を教えていた頃の生徒であり、付き合いは村塾門下生より長い。歳が近いこともあって、松陰にとっては「友」だったのでは …

晋作と久坂玄瑞

晋作と久坂玄瑞

【福岡市/平野一枝】 「暢夫(晋作)の識を以って、玄瑞の才を行ふ、気は皆其れ素より有するところ、何おか為して成らざらん。 暢夫よ暢夫、天下固より才多し、然れども唯一の玄瑞失うべからず」(高杉暢夫を送る叙) 「村塾の双璧」「松門の竜虎」 高杉 …

晋作と吉田松陰

晋作と吉田松陰

【札幌市/山中圭介】 高杉晋作の人生において吉田松陰という人物は人生の支柱になっていたと言っても過言ではない。 晋作にとって師・松陰は特別な存在であった。 晋作が松下村塾の門をたたいたのは安政4年・19歳の時である。 ※久坂玄瑞から誘いを受 …

晋作と伊藤博文

晋作と伊藤博文

【下関市/平松 資朗】 1、「憲法政治」実現に全生涯を懸け、近代日本を創った男、伊藤博文 初代内閣総理大臣伊藤博文は、理念を持った大政治家であり、かつて木戸孝允が評したように「剛凌(ごうりょう)強直(きょうちょく)」(強く厳しく正直)な人物 …